百匹目の猿現象とは?

 

百匹目の猿現象は聞いたことがある方もいると思います。ただ聞いただけで内容はよく知らないという方も多いかと思います。

そこでどういう経緯があったか見ていきます。

百匹目の猿

1百匹目の猿現象の経緯

1952年頃、九州北部の大分県大分市長が農作物へ被害を与える猿たちをまとめて餌付けして同時に観光化しようと試行錯誤しました。最初はリンゴを与えましたがうまくゆかず、さつま芋で餌付けしたところ猿たちが寄って来るようになり、翌1953年3月に高崎山自然動物園を開きました。

一方九州南部の宮崎県串間市東部の石破海岸からすぐ200m沖に、幸島(こうじま)という周囲約4Kmの島があります。
1950年代、京都大学霊長類研究所が、この島の猿(ニホンザル)たちにサツマイモの餌づけを試み始め、1952年に成功しました。当時は20匹ほどの猿しかいませんでした。
この島には小さな川が流れていました。

猿たちはサツマイモの泥を手や腕で落として食べていましたが、1953年のある日のこと、1歳半のメス猿が川の水で芋の泥を洗い流してから食べ始めたのです。

この行動は、やがて若い猿たちや母親猿たちが次々とまねるようになり、
1957年には20匹中15匹がイモを川の水で洗って食べるようになりました。

その後、川の水は涸れてしまったことがあり、すると猿たちは海岸に出て海水でイモを洗って食べるようになりました。
すると海水の塩分でイモをおいしく感じたらしく、猿たちのイモ洗いは淡水から海水へ変わって、猿の中にひと口食べては海水につけるつけ食いの猿まで現れました。

こうして幸島の猿の芋を水で洗うという新しい文明は群れに定着したのです。

その後さらなる発見がありました。

1962年に大分県高崎山の猿たちの中にも水でイモを洗う猿たちが見つかったのです。
それは幸島で猿のイモ洗いが定着した後のことなのですが、彼らは幸島の猿たちとは何の関係もない猿たちです。あえて言うならニホンザルという点だけが同じです。やがて高崎山の他の猿たちにもイモ洗いの行動は広がっていきました。
新しい知恵を群れ全体が獲得し、「洗って食べる」ことが新しい行動形態として定着していったわけです。

こうして幸島でイモ洗いをする猿の数が一定数に定着した頃に、幸島以外のいろんな地域の猿たちの間にも、同じ行為が同時に見られるようになりました。

幸島は陸からさほど離れてませんから、中には陸に渡る個体もいるかもしれません。
しかし幸島から高崎山まで直線距離で200キロもあり通常の猿の行動能力からあり得ないような気がします。
さらに仮に健脚の伝道師が現れたとしても、猿は群れ社会であり、急に現れたよそ者が溶け込むのは難しいところがあります。幸島の伝道師が他の猿の群れに布教したという可能性は考えにくいと思えます。

 

つまり幸島のサルから高崎山など遠方のサルへ、物理的なバトンを使わずして、意識などの無形の力によって遠く離れた集団に新たな文化情報が伝わったと考える方が自然なのです。

 

一匹の個体から発した知恵(情報といっていいでしょう)が集団に広がり、その数が一定量まで情報が「飛び火」していったのです。
これはいったいどういうことでしょう。世代から世代への時間の経過をへた、いわば「縦」の継承なら遺伝ということで説明がつきますが、同時代において距離をこえて一つの情報が「横」に伝播し、共有されていったのです。

これが「百匹目の猿現象」と呼ばれるものです。ある行為をする個体の数が一定量に達すると、その行動はその集団だけにとどまらず、距離や空間をこえて広がっていくのです。生物にみられる不思議なこの現象をライアル・ワトソン(アメリカの科学者)が「百匹目の猿現象」と名づけたたのです。百匹という数字はそのきっかけとなる一定量を便宜的に数値化したものです。 やさしくいいかえましょう。
どこかでだれかが何かいいことをはじめると、それは集団内で必ずまねされます。そのまねが一定のパーセンテージに達すると、遠く離れたところでも同じ現象がはじまり、社会全体に浸透していく。そのメカニズムのことです。

船井幸雄著「百匹目の猿」サンマーク出版より引用

 

たとえ少数の者の発案であっても集団に有益な情報や技術は一定数に達して条件が整うと、集団全体、社会全体に伝搬するということです。

ところがWikkipedia日本語版は根拠を示さずに、これを架空の物語だと否定しているのです。

しかし、この百匹目の猿を傍証してくれる仮説があります。それが次に挙げる「シェルドレイク仮説」です。

 

2百匹目の猿を説明する「シェルドレイク仮説」

この現象をさらに広く適用する仮説が、1981年に発表された「シェルドレイク仮説」です。これは「形の場による形の共鳴」という観点から捉えようとするもので大論争を起こしました。

 

シェルドレイクの仮説を簡単に要約すると、こうなります。「生物の形や行動パターン、さらにこの世界の物理的なシステムは、『形の場』の成立とその『共鳴』によって、過去にそうであった形態にみちびかれ、それを継承している」ということなのです。

 

猿のイモ洗い行動でいえば、最初の一匹がイモを洗いはじめると、そこにイモ洗いという「形の場」(フィールド)ができる。その場の力が、他の猿が形をまねしはじめることで強まっていくのです。
この力がある一定まで高まったとき、形はこだまのように共鳴作用を起こし、一種の波動となって時空をこえて広く伝わっていく、ということになります。

船井幸雄著「百匹目の猿」サンマーク出版より引用

 

またこうも述べています

シェルドレイクは、本物が残っていく理由として、かつてもっとも一般的に存在していたタイプ(正常型)の特質が形の場をもっとも安定させ、より強く共鳴させるからだと述べています。

船井幸雄著「百匹目の猿」サンマーク出版より引用

 

肯定派懐疑派の論争を惹き起こした「シェルドレイク仮説」は様々な検証実験が行われて、結果、肯定する声が多数派となっています。
さすがにWikkipediaも、これを科学的に否定されてるとは書けなかったようです。

様々な検証実験には日本から提案されたものもありました。

それは昔から歌い継がれてきた子守歌ひとつと、現代詩人の谷川俊太郎氏がそれらしく韻を踏んで見せかけたニセの子守歌ふたつの三つを、日本語がわからない外国人に口ずさんで覚えてもらい、どれが覚えやすかったかを質問するという実験です。

面白そうですよね。
結果は、まあ、皆さん、ご想像の通りです。
数学的にはどれもが33%を分け合うことを期待しますが、本物の子守歌が60%の支持を得て、一番覚えやすいと判断されました。

これは本物の子守歌にはすでに安定した形の場が構築されており、強い共鳴作用を発するので、日本語を知らない外国人にも唄いやすかったと説明出来るのです。

従来の科学は地球の物理法則に偏ったものでした。しかし意識を前提にして確率を許容する量子力学の登場によって、旧来の物理科学は世界の半分しか表せないことが明らかになっています。

このシェルドレイクの仮説を使うことで、今まで科学的な説明が難しかった心理現象、超常現象、一見して因果関係のない共時性の出来事などで説明がつくものが出て来るようです。

おそらく、私たちがエゴを捨ててエヴァの生き方を欲することは、百人目の人類の進化現象を惹き起こすことでしょう。

今、真実に気付いて文明を正しい方向に進めたいと願っている人は少数派かもしれません。それほど闇側の支配層の誘導は巧みでいつの間にか多数の人々が洗脳されてしまっているようです。しかし、少数派が心ひとつにまとまれば状況は逆転できる! その可能性が百匹目の猿でありシェルドレイク仮説なのです!


 

最後に、本題からそれますがサルたちの近況を報告しておきます。

今高崎山ではボスザルに大異変が起きてるそうです。
サルはメスザルとオスザルの序列は全く別に独立しているそうなのですが、なんとメス順位トップのヤケイさんがオス上位4頭と喧嘩して勝ってしまい、ピーナツテストという順位判定テストでもオスを押しのけてトップに立っていると確認されたのです。詳しくは以下を

 

もしかして人間も権力構造の異変が起きて、想定外の女性〇〇が出現するかもしれませんね。

 

幸島では現在は行っても芋洗いは見られない、その代わり生魚を捕えるという新たなイノベーションがあるそうです。

 

現在、幸島では、より自然に近い状態で観察するためにエサやりの規模が縮小され、イモ洗いの文化は途絶えてしまった。そのかわり、生魚を捕らえて食べるという驚くべき文化が生まれている。

「100匹目のサル」の真実 より引用

ご精読ありがとうございました。