第六天魔王の正体

第六天魔王信長

 

 

 


おそらく日本の戦国時代で最も天才的な軍略家は織田信長かと思います。
そんな信長がまわりが敵ばかりという時期がありました。もちろん最初からそうとも言えますが、あからさまな敵ということなら本願寺、将軍義昭、浅井朝倉、毛利、松永久秀たちが信長包囲網を形成していた時です。本願寺顕如の妻の姉が嫁いでいた盟主的な存在が武田信玄です。その信玄が信長に天台座主沙門信玄と署名し脅しの書簡を送ると、信長は自らを第六天魔王と記し書簡を返しました。

この第六天魔王という名前は聞きなれない方も多いと思いますので、今回は藤巻一保著「第六天魔王と信長」悠飛社刊を参照しながら、第六天魔王とはいかなる存在かを検証したいと思います。

その前に六道輪廻を理解する必要があります。

1 六道輪廻

六道輪廻という言葉をご存知ですか?
この世には六つの区画を因果応報の法則(善因楽果・悪因苦果・自業自得)によって移動する輪廻転生の大きな仕組みがあるという考え方です。

1地獄道

一番下層にあるのが地獄道です。罪を償わせるための世界。地下の世界で、『往生要集』から「上下に八層重なっている」構造とされています。

 

2餓鬼道

餓鬼道は常に飢えと乾きに苦しむ餓鬼の世界。腹が膨れた姿の鬼になる。

 

3畜生道

畜生道は地表にある鳥・獣・虫など畜生の世界。種類は約34億種で、苦しみを受けて死ぬ。

 

4修羅道

修羅道は阿修羅の世界、妄執によって終始戦い争うために苦しみと怒りが絶えない世界。天道に属する帝釈天と戦っている時、帝釈天は蟻を踏みつけるのを恐れて慈悲から軍を止めた。すると阿修羅は罠があるのかと疑い撤退した。

 

5人間道

人間道は人間が住む世界。四苦八苦の様々な苦しみに悩まされる。『往生要集』の「厭離穢土」では「苦しみの相」・「不浄の相」・「無常の相」と、三つの相がある。

 

6天道

六道の最上部に位置します。天道は天人が住まう世界。天人は空を飛ぶことができ、享楽のうちに生涯を過ごせます。
しかし、死を迎えるときは5つの変化と苦しみが現れ、これを五衰(天人五衰)と称し、体が汚れて悪臭を放ち、脇の下から汗が出て自分の居場所を好まなくなり、頭の上の髪飾りが萎み、楽しみが味わえなくなる。

仏教では私達の目にする有情世間は、巨大な虚空に浮かぶ円筒状の「風輪」、さらに上の「水輪」、さらに水輪に浮かぶ「金輪」の上で繰り広げられています。
「金輪」の周囲は壁のような山で囲まれていて、世界の果てで「金輪際」と呼ばれる場所です。
壁山の内側には海があり、四つの大陸が配置されている。これらの地底、四大陸、海中に地獄道から人間道までの区画がある。人間の住むのはそのうちのせん部州という大陸にある。
中央に須弥山という巨大な山が突き出ています。ここと空中が天道の住む天界です。

この天界の中に第六天魔王がいるのですが、天界内部もさらに六つの階層に分かれています。

 

2天界とは

天界に住む天道の者は欲望を捨てたわけではありません。ただその欲望は浄化されて慈悲・施しの心も大きく強いのが人間との違いでしょう。
先ほど触れたように帝釈天は阿修羅との戦いの最中でも蟻を踏みつけることを慈悲心から避けたのです。
人間界では子供は父母の性交を経て母が産みます、これを胎生と呼びます。卵から産まれるのを卵生、湿地から生まれるのを湿生、何もないところに完全な形で生まれるのを化生といいます。
男女の性交という行為があるのも天界では須弥山にある四天王天と三十三天の下位二層までになりますが、そこでも淫水の代わりに風気を漏らすのみです。
さらに上の第三天の夜摩天では抱擁だけで満足が得られ、膝の上に忽然と七歳ほどの天の子が化生するそうです。
第四天の兜率天では手を握るだけで満足し、八歳の子が化生する。
第五天の楽変化天では笑みを交換するだけで満足し、九歳の子が化生する。
第六天では互いに見るだけで満足が得られ、十歳の子が化生すると言われてます。
それでは天界の六層をひとつずつみていきましょう。

 

1四天王天(してんのうてん)

須弥山の麓から中腹にかけてベランダのように張り出した四層の区画に分かれています。人間と交流することもある存在、例えば龍神とか、お稲荷様、お使い、精霊、山の神に始まる神様たちが住む世界です。一番上階に持国天、増長天、広目天、毘沙門天の王宮があります。寿命は人間換算で九百万年。

 

2三十三天(さんじゅうさんてん)

須弥山の頂上が場所になります。三十三の神々により治められており、トップはインドの主神インドラ(和名帝釈天)です。これがサンスクリット語でデーヴァ、ラテン語でデウスになったと言われてます。日本に来た宣教師がデウスを天の帝釈と呼んだこともあるようです。寿命は三千六百万年。

 

3夜摩天(やまてん)

これより空中にある天界になります。夜摩は最初の人間であり最初の死者であった。リグ・ヴェーダでは最高天として賛美されているが、仏教では地獄の閻魔に貶められている。寿命は一億四千四百万年。

 

4兜率天(とそつてん)

空中楼閣の天界で、皆さん大好き?弥勒菩薩の王宮があります。弥勒菩薩は釈迦の後を受けて、釈迦の救済から漏れた人々をすくいあげると信じられてきた未来仏です。
寿命は五億七千六百万年。

 

5楽変化天(らくへんげてん)化楽天(けらくてん)とも。

自分が思い描いた快楽なら、いかなるものも自在に現出出来る力を持つ。
(信長の舞った謡曲「敦盛」にある下天とはこの化楽天で、人間の五十年が化楽天の一昼夜のように幻だという意味)
寿命は二十三億四百万年。

 

6他化自在天(たけじざいてん)第六天(だいろくてん)

欲界の究極天、天界第六層になります。信長が自称した第六天魔王とはこの他化自在天のことである。ここまでの天層では食を得るための労力が不要で、座前に食器を置いて衣を被せて瞬時待つと食器に飲食物が満ち溢れるのですが、特に第六天になると下層の天人が創造した美味を横取りのようにして楽しむことが出来る。寿命は九十二億千六百万年。

これが第六天の実際のところです。食事の横取りはまあマナー的にどうかと思いますが、ここを見る限りは魔王というほどの悪さはなさそうですね。
ではどこが魔的に捉えられたのでしょうか。

 

他化自在天は快楽を求める時に、自分自身で快楽を仕掛けずに、下層の他者を迷わして五欲の楽に耽らせて、それを直ちに自分の快楽とするのである。
さらに下層の天や人が修行して、欲望を捨て悟りを得て自分より高い天に生まれたり成仏して涅槃に入られると、自分の眷属が減ってしまうのが憎くて、これらの修行者に魔境を起こして悩まし知恵の目を暗ませようとする。

 

なるほど、第六天魔王は物質や生命の欲望の頂点にあるので、欲望を積極的に肯定する立場を守るために、欲望を捨て悟りを得ようとする修行者には意地悪をするのです。
つまり第六天と仏教は根本的に真逆の立場であり、それを仏教側から見れば魔王というわけだったのでね。

ここで仏教というのは瞑想の超達人仏陀には有効であったとしても、他の者で真に悟りを得て解脱した者がどれほどいるのか、多くの者を解脱まで導き救うのが本当に可能なのかという疑問も起きてきます。

これに対する信長の考えがフロイスによって明らかにされています。

 

彼らは民衆を欺き、己を偽り、虚言を好み、傲慢で僭越のほどはなはだしいものがある。予は既に幾度も彼らを全て殺害し殲滅しようと思っていたが、人民に動揺を与えぬため、また彼らに同情しておればこそ、予を患わせはするが、彼らを放任しているのである。
フロイス「日本史」より引用

 

実際、古代末期以来、天台僧の堕落、腐敗には目を覆うばかりのものがあった。
彼らは俗人同様に妻妾を蓄え、稚児をはべらし、生ぐさものを口にし、ならず物を養って、日々利権争いに憂き身をやつすことをもってなりわいとした。
それゆえ中世以降、人は彼らをして「形は沙門に似て心は屠児の如し」と嫌悪した。

この山門とは異なるが、石山本願寺も信長の目には「民衆を欺き、己を偽り、虚言を好みつねに傲慢で僭越のほどはなはだしい」ものと映っていたことは間違いないようです。

本願寺の最大の問題点は、加賀一国の支配権を握り、「本願寺法王国を現出して、法門のために戦って死ねば西方極楽浄土に往生できるというプロパガンダを操って百姓衆を動員したという手口で、まさに民衆を欺く行為に他ならなかったのです。

 

 

3日本の支配者は第六天魔王

 

そもそもになりますが、日本の国は第六天魔王が支配権を持っていたものを、天照太神が誓約して魔王から日本を支配する神璽を請い受けたと言われているのです。驚きですよね。

大神(天照太御神)は国を治める証文を魔王から請い受けた
「中臣祓訓解」より引用

 

爰に第六天の魔王集て、此国の仏法弘らば魔障弱くして其力を失べしとて、彼応化利生を妨んとす。時に天照太神、彼が障碍を休めん為に、我三宝に近付じと云誓をぞなし給ひける。「尽未来際に至る迄、天照太神の苗裔たらん人を以て此国の主とすべし。若王命に違ふ者有て国を乱り民を苦めば、十万八千の眷属朝にかけり夕べに来て其罰を行ひ其命を奪ふべし」と、堅誓約を書て天照太神に奉る。

太平記日本朝敵
太平記巻十六「日本朝敵ノ事」 より引用 リンク意地悪で切られてるかもなので画像を追加しました

古語ですがなんとなく意味は読めそうですね。
仏教が広まると第六天の魔の勢いが弱まってしまうので、魔王は悟りを得て上の天に生まれ変わる者を妨害する。
天照太神は第六天の妨害を休めてもらうために、私は仏教の三宝には近付かないと誓約なさった。
すると第六天の魔王は「未来の終わりまで、天照太神の子孫をこの国の王としてやる。また子孫の命令に逆らう輩があれば我が眷属を動員してその輩の命を奪って罰する」という契約を書いて天照太神に返した。

当時の三万語の日本語をポルトガル語に訳した「日葡辞書」でも天皇の神璽について、

すなわち第六天の魔王の印の判。日本の天皇の持っている、三つの古い工芸品の一つといわれる印判。
と説明しています。

という事はですよ、例えば皇族が出家して仏門に入ろうとすることは第六天にとって許しがたいことなのです。

後白河法皇が三井寺で灌頂を受けたいと噂が飛ぶと、同じ天台宗の延暦寺が切れて妨害するという事がありました。これは延暦寺から自然発生したものではなく、第六天の天魔が延暦寺の衆に取り憑いたものと「源平盛衰記」に描かれています。

また讃岐に流された崇徳上皇は罪を贖うために大乗経を写経して、後白河天皇に都の近くに収めたいと申し出ますが、冷たく拒否されます。
すると崇徳院は血書をしたため経文を魔道に回向する天狗道に入ったのでした。

また南北朝の争乱を招いた後醍醐天皇は死後、崇徳院の開いた愛宕の魔界に参入して第六天となったと「太平記」に書かれています。

おそらく織田信長もこの天照太神と第六天王の誓約を知っていて、信玄が「わしは仏教の守護者だ、天台を弾圧するな」と脅すと、信長は「わしは日本で天皇より高い地位にあるあの第六天魔王である」と名乗ったのでしょう。そして第六天魔王の宿敵である仏教には特に厳しく当たったのかもしれません。

 

どうでしょう?
第六天魔王の正体をお分かりいただけたでしょうか?
それは欲望を肯定する頂点にあった第六天の他化自在天であり、必然的に欲望を否定した仏陀の真逆、対極だったのです。
さらに日本国の支配権の管理者であり、天皇は仏教を近付けないと誓約して支配権を貰ったということです。
それを仏教側から見ると魔王としか形容されない存在なのです。
悟りにほど遠い私としては、第六天王が日本をないがしろにする輩を退治してくれることを期待したいです。

 

ご精読、ありがとうございました。